言いたいことやまやまです

有名人になりたかったけれどなれなかった30代半ばの凡人女による愉快な生存報告

やままあき

Author:やまま (id:yamama48)

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「やらされている感」と「お金の不安」はセットだった!

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こんばんは、犠牲になっている感の時間です。

人として本当に情けないかぎりなのですが、公私に渡り「やらされている」「使われている」と感じることが多いです。

(宴席の幹事が苦手なのも、この部分を刺激される感覚があるからです)

しかし

  • 「仕事」というのは、得てしてそういうものである!
  • だから対価がいただけるのである!
  • お給料とはガマン料のことである!

……と、思っています。

この感覚がとてもつらくて、カウンセラーさんに相談をしています。

 

なぜ「使われている感覚」になるのか

私がこの感覚に陥るのは、前述の「宴会の幹事」とか、「自分の感情を抑えて客観的に書かなければならないライター仕事」とか、極論「サラリーマンとしての仕事」もそうでした。

どうしてこうなってしまうかといえば、結局「自分が出たい」からです。

「みんな、生きるために我慢してやっているんだよ!」とお叱りの言葉が聞こえてきます。我ながら、目も当てられない甘い人間だなと思います。

「会社員をやっていても、自分の個性を発揮しながら従事することはできるはず」もいう正論が聴こえてきますが、今日のところはこのまま進めさせてください。

「ウェルス・ダイナミクス」では「スター」の傾向

性格診断の類が不得手な方もおられるでしょうが、私の傾向は「ウェルス・ダイナミクス」でいうところの「スター」にあたります。

スターは、自然と周りからの注目を集めることができます。

そして、小さい頃から「自分をいかにカッコよく見せるか」にフォーカスして生きてきたので、自分の見せ方がとても上手。

それを他人に応用させて、「この人はこう見せたら輝くのではないか」というプロデュース力を持っています。

スターは、多様性のない繰り返しの単純作業を苦手とする傾向が多いです。 

また、スターは自分が目立てば目立つほどくつろいだ気分になります。

言い換えると目立つのが好きなので、話し手になることが多く、人の話に耳を傾けないことも。

人の話になかなか耳を傾けない傾向は、プライドが高いという特徴があるのも関係していますね。

※引用元:スターの特徴とは?大衆を魅了する「スター」の気質活かし方まとめ | 八木仁平公式サイト


本質的には上記のとおりなのです。炎上して目立つのは御免ですが「自分が目立てば目立つほどくつろいだ気分になります。」あたりは共感が止まりません。

しかし実際には、それほど目立つ人生を送ってきていません。

むしろ「しっかりしているから」などと言われてサポート役にまわることのほうが多かったと思います。気が利かない私に、しっかりと礼儀や人付き合いなどを教えてくれた母のおかげです(母はサポート名人!)。

しかしもともとが「スター(このネーミングがバカっぽくて嫌なんだが)」ですから、いくらサポート上手を振る舞ったところで、ハリボテなのです。

「しっかりしている」割には信じられないポンコツミスが多い。がっかりされるんだ、これが……。

そしてなにより、本来は自分が「目立つ側」に行きたいわけですから、サポート業務に従事する際は本心にいろんな理由をつけて押し殺しています。

  • 「私ごときが前に立っても、誰にも求められていないから」
  • 「私にはなにも特殊スキルがないから」
  • 「だから「本当のスター」の引き立て役にならねばならない」

……と、瞬間的に判断して、対応しています。

しかしいくら「瞬間」であっても、これは大変な挫折感です。毎回悔しいし、毎回おもしろくない。それが「やらされている」「使われている」感覚を刺激しているようです。

「スター性」を出したところで食ってはいけぬ

せっかく脱サラしたわけですし、いかようにでもやってみればいいのです。

そう思ってポッドキャストやら浪曲のレッスンやらをがんばってはいるのですが、依然として、仕事に対する「やらされている感」は手放せずにいました。

カウンセラーさんといろいろ話をしているなかで出てきたのが「お金への不安」です。これは自分ひとりでは気づけませんでした。

指摘されて気づいたのですが、私が大事にしている価値観のひとつが

「やりたいことを、やりたいと思ったときに、すぐにやりたい」。

生きとし生けるもの、みんなその欲求を持っとるわ!おまえだけが特別なような顔すんな!と叱られそうです。すみません。そうですよね~~…

これには、少なからずお金が要るのです。

ブログやポッドキャストのネタになるような体験……外食やらアクティビティやら、浪曲のレッスンやジム通いだって、なんにせよお金がかかります。

これらをためらいなくチャレンジできる環境(つまりお金)を整えておかないと、不安になるのです。

「お金を稼ぐ」ことには全く興味がありませんが、「好きなときに、好きなことを、なんの不安もなくすぐにできる環境を整えること」は死ぬほど大事です。

要は金が必要ってことだろ、同じことじゃん、と言われそうですが、私のなかでは違うんだよなあ。お金のことは本当にどうでもいいのですけどね……(ぐるぐる繰り返す)。

そしていま、大事な大事な「やりたいことを、やりたいと思ったときに、すぐにやりたい」ができていません。お金を稼げていないからです。禅問答のようになっているなあ。

一生懸命にやっていることは、あります。

このブログもそうですし、ポッドキャストもそう。電子書籍を書いたりもしています。要は「自分を出す」関連のことです。

どれも「やままの好きなこと」だと思われるでしょう。もちろん好きではありますけれど、いくらでも没頭できるほど好きかと聞かれたら断じてNOです。しんどいこと、いっぱいあります。それでも「意地で続けられてしまう」というだけ。

マラソン好きの方に似ているかもしれません。走っている最中はきっと苦しいでしょうけれど、それもひっくるめて、「続けられる」のですよね。推測ですが。

一生懸命に時間も労力も費やしている。これが(お金になる)仕事だったらどれだけいいかと思いますが、本当に稼げません。笑ってしまうくらいカネになりません。子ども1人分のお年玉にもならないことがあります。

つまり、私がやりたいこと、得意なことは「仕事」にならず、「趣味」にとどまってしまうのです。

ここで冒頭に述べた「お給料はガマン料」発想につながります。

「私はしんどいことをしないと、お金がもらえない」。

好きなこと……たとえばブログでお金がそこそこ稼げたら、どんな気分になるんだろうなあ。これまでずっと「お給料はガマン料」発想でしかお金を稼いでこなかったから、未知の世界です。

(みんなそんなもんだよ、贅沢言うな、という声がどこからか聞こえてくる)

「やりたい」と「やらねばならない」

先日、知人とタスク(という言い方は語弊があるのですが)に向き合う姿勢の話をしました。

「やりたい」もしくは「やらねばならない」。

私は圧倒的に後者です。「やりたい」はそれこそブログやPodcastくらいでしか思わないかなあ。目の前にあるほぼ全てのタスクに対して「やらねばならない」という感情で向き合っています。

一方、知人は「やりたい」という姿勢で臨んでいるのです。言われてみればその人から「やらなきゃいけないから」という言葉は聞いたことがない。

私は「やりたい」の優先度を極力下げます。「やらねばならない」が終わってから、やろうとする。でも「やらねばならない」はいくらだって出てくるのです。いつまでたっても「やりたい」にはたどり着けない。

会社員生活とはその最たるもので、「これでは時間的に、いつまで経っても『やりたい』ができない!」と思って辞めているわけです。

主人のサポート(稼ぎ)に甘えて、ブログやポッドキャストや浪曲や、やっております。どれも楽しいばかりではなく、けっこうしんどいこともあります。時間もかかります。

だから「楽しそうだね」「ラクでいいね」「時間いっぱいあっていいな」という声がいつもどこからか聞こえている感覚に陥りますし、そこに反発心が湧きますし(楽しいばかりじゃないよ!時間だっていつもまったくないよ!)、

毎日、もれなく、罪悪感を抱いています。

先日の大阪旅行だって、ハッピーおっぱっぴーみたいなおちゃらけムードで出かけましたが、ずーーーーーーーーーーっと罪悪感と不安でいっぱいでした。

「お金を使ってしまった!」

「稼げていないのに!」

でも稼ごうとすると、私は「ガマン料」を稼ぐしかないのです。すると「やりたい」がまた逃げていく。どうすれば!

「自分が何かをすることで、相手の気持ちを動かす」仕事を目指して

ほかにもカウンセラーさんといろいろ喋って、「私がやりたいこと」が見えてきました。

「自分自身が何かをすることで、目の前にいる相手の気持ちを動かすこと」です。

あえて「自分自身」という言葉をつかっています。「黒子として」「いち会社員として」「ひとつの無名なマンパワーとして」では、まったく満足しないからです。

「目の前にいる相手」というのも大事なポイントだと知りました。

ライター業って、自分の顔や名前を出しても、あまり気持ちが乗らなかったのです。なんでだろうと不思議に感じていましたが、「目の前にいる相手」を感じにくいからではないか、ということに気づきました。

ブログは少し、読者さんを感じられます。ポッドキャストはもっと感じられます。

資料作成代行の仕事も受けていますが、オンラインではなく対面打合せ必須で、という条件にしたのは、無意識化で私が「目の前にいる相手」を大事にしていたからだったんだなあ。

そういう仕事で、きちんと対価がいただけるようなサービスを見つけられたらいいのですが、まだまだ、当面は「ガマン料(言い方が悪くてすみません!既にお受けしている仕事は「ガマン」ではないからお受けしています!いつもお世話になっております!)」で稼いでいかないといけないのかなあ。

すると時間と自己肯定感が失われるしなあ。でもカネがないと罪悪感でどうしようもなくなるしで、なんだか八方塞がりですが、不安の正体が見えてきたというのは、私にとっては大前進です!

お世話になっているカウンセリングルーム

まもなく1年くらいたちますが、ビリーフリセットカウンセラーの菊地健介さんにお世話になっています。

月に1度のセッションで、菊地さんが全然「スピ」系ではなく(いい意味で)ドライなので、大変信頼しています。話していると安心します。男性にもおすすめしたい。

いつもありがとうございます!

▼菊地健介さん 公式サイト

kokoroplanner.com