数年「銀座OL」をやっているにもかかわらず、連日注目を集め続ける話題のスポット・築地市場を訪れたことがなかった。混んでいるのは嫌いだとか、働いている人のご迷惑になるだとか、言い訳を作って足を向けずにいたのだ。単に、どこからどう巡っていいものかわからず、それを調べるのもめんどくさかったというだけ。「とりあえず行ってみる」という度胸がない。好きな言葉は「安全牌」です。
それがどうも、運だけは持っているらしい。平日11時半ごろに築地市場近辺を訪れる機会に恵まれた。一緒にいた上司が、かねてより気になっていたという人気店「きつねや」さんに行ってみようと言うので同行した。
築地市場の空気にビビる
昼時には狭いお店の前にズラリと大行列ができると聞いていたのだが、早めの時間ということもあり、待ち列なし。最初に女将さんにオーダー内容を伝え、支払いを済ませてから料理が乗ったお盆を受け取る流れのようだった。
何にしようか考え始めるより先に、上司が「ホルモン丼(850円)」が名物だと教えてくれた。しかしチラと見えたメニュー表に「ホルモン煮(650円・ごはん無しの単品)」「肉どうふ(700円)」「焼どうふ(250円)」などの文字を発見。
”糖質怖いおばけ”に呪われている身としては「ホルモン煮×焼とうふ feat. 肉どうふ」プラン(合計1600円)が望ましい。でも、昼からそんな贅沢するわけにもいかないしなあ、じゃ、ホルモン煮と焼とうふにしよう、と思ったところで衝撃の貼り紙を見つけたのである。
ホルモン煮・肉豆腐 単品注文はしておりません
(ご飯・ビール・お酒)と合わせてご注文お願いします
お酒とはもちろん日本酒のこと。なんとしてでも糖質を摂取させたいということなのか…?
ちなみに、ごはん(並)は220円で、焼どうふは250円だ。となると交渉の余地はありそうだナ…な~んて一瞬思ったけれど、こういうところでは「郷に入っては郷に従う」のがいちばんだ。ピースフルなひとときを過ごしたいもの。
とか考えていたら、あっという間に私の番が回ってきてしまった。くそっ、まだオーダー内容を吟味しきれていなかったのに!
チャキチャキとした本物の”築地市場で働く方”を前に緊張。早くしなきゃという焦燥感。辿りついたゴールは「ホルモン丼、ごはん半分で!」であった。「ごはん半分で」をよく言えたと思いませんか。ようやった、よう足掻いた。
店主さんが大きな鍋からホルモン煮を盛り付けるのを待つ間に「半熟卵(50円)」の存在を見つけてしまい、追加オーダーしようかしまいか悩んだけれど結局言えなかったことが大きな後悔だ。
銀色のトレー、というかバットの上にドスンと置かれたホルモン丼と、なみなみ注がれた麦茶を受け取った。…初戦とはこんなものである。
お店にはカウンター席が5席ほどあるがもちろん満席で、店の前に設置された立ち食い用テーブルでいただくことになった。かなり、狭い。この日は客数にゆとりがあったからいいものの、長居なんて絶対厳禁。どんどん譲り合わないと客が溢れてしまう。
八丁味噌でじっくりと煮込まれたホルモンはホロっと柔らか。色が濃さに反してマイルドな味わいだ。ホルモンならではのものなのか、味噌によるものなのか、独特の香りがほんのり、それもまたよし。そんなどんぶりを、隣にいたスーツのおじさんは慣れた雰囲気でかっ込んでいた。あっ、半熟卵乗せてる…!ひたすらに後悔が募るので、私は悔し紛れに唐辛子をたくさんかけた。この想い、いつか昇華させる。
場内で反省会
「せっかくだから少し場内も見てみようか」という上司の提案に同意し、築地市場内へ。と、そのまえに道端でこんなもの発見。
信号待ちをしている間に慌てて購入したのでお店の名前を失念…練り物屋さんです。
チーズの入った練り物をベーコンで巻いていた。それほど大きくはないけれど、食べごたえ満点。
市場場内には外国人観光客の方が大勢いらしていた。私なんていつまでたっても足を踏み入れられなかったのに…。海鮮丼屋さんの前には大概、インバウンドの方が行列をなしていた。
その一角には喫茶店も数軒。そのうちの1軒が「愛養」である。松浦弥太郎さんの本で「ミルクコーヒーとトーストを食べるのがお決まり」といったことが書かれていたのを思い出し、ああ、ここが!と思わず入店。カウンター席と、小さなテーブル席からなる細長いお店。カウンター席に腰かけ、アイスコーヒー(450円)とトースト(220円)をお願いした。
「アイスコーヒーは、甘くてもいいですか?」
あらかじめガムシロが入っているタイプだ。今じゃあんまり聞かないよなあ。昔はマクドナルドだって、アイスコーヒーはデフォルトで甘かった(私の地元だけ?)。
トーストはイチゴジャムが塗られた甘いものだという前知識もあったので、ブラックコーヒーを希望。せっかくなら甘いコーヒーをいただけばよかったかな。
念願のトースト(220円)。
多分、6枚切り食パンだと思うのだけど、その半分にバターを、残り半分にイチゴジャムを塗って、8等分されている。何の変哲もないトースト。でもなぜか、すごくおいしい。手づくりお菓子をいただいているような心地がした。ふわふわでも、もちもちでもない。さっくりしていて、どこかパサつくようなところもあるんだけれど、バターとジャムがそれをすばらしく補っている。なんとも言えぬやさしい味がする。
カウンターに立つご主人はとてもあたたかく、気さくで、常連さんとも、外国人の方とも、我々とも、分け隔てなく同じように接してくれた。コーヒーもトーストもいいけれど、年季の入った店内とご主人がつくるこの空間そのものが魅力なのだなあと思いながら帰路についた。
帰宅し、松浦さんの著書を開いてみれば
「常連ではない一見の客に対して、親切なのもこの店の良さである。」
とあり、ほっこり。行ってみないとわからないものですね。
「きつねや」のリベンジも果たさないといけないので、また近日中に築地市場、行ってみよう。