こちらの記事を拝読し、心揺さぶられた「焼きりんご」。
提供しているのはカレータウン神保町の名店のひとつ「共栄堂」。
りんごは10月から4月までの間、平日はランチタイムを外した14時以降でなければ販売しないとのことで、無理やりそちら方面の会社のアポを取り、打ち合わせ後、カレーと焼きりんごをいただきにお邪魔してきた。
※本日の目次
■神保町カレーの長老「共栄堂」
神保町といえば古書とカレーの街というイメージがある。
ボンディ、エチオピアなどが大変有名だが、カレーとナンを800円前後でいただくインドカレー店とは異なり、いわゆる「ライスカレー」型でいただくタイプのお店が多い気がする。
神保町がカレータウンと化した理由は「古書を買い求め、それを読みながら食べやすいのがカレーだったから」という説が有力らしい。
※参考:カレーの聖地 東京・神保町、世界の4大ジャンル食べ歩き :日本経済新聞
確かに、バターたっぷりのナンをちぎった手で本を持つのは嫌だ。ライスカレー型、賛成。
しかし、万が一にもカレー汁がページに跳ねたらどうだろうか。それも嫌である。
そのあたり、昔の古書愛好家たちはあまり気にしなかったのだろうか・・・。
(余談だが、トランプが好きすぎて食事の時間が取れず、パンで食材を挟んで片手でいただくようになったサンドイッチ伯爵の話にはとても共感)
さて、そんな神保町エリアにおけるカレー長老的存在こそが、今回訪れた共栄堂さんなのである。
創業は大正13年。
カレーの種類には欧風・インド風・日本風とさまざまあれど、こちらで提供されているのは「スマトラカレー」。
お店のWEBサイトを拝見したところ、日本で唯一のスマトラカレー店だそうだ。
場所は、神保町駅A5出口からすぐ。
地下にあるお店だが、神保町に映える蛍光黄緑の看板を目印にすればすぐ見つかる。
※おどろおどろしい妖怪フォントもまた魅力
14時半ごろの訪問だったためすぐに入ることができたが、ランチタイムは混雑する様子が窺える。
ゆえに、平日のランチタイムは小さなお子さんを連れての入店は避けたほうがよいようだ。
そして全席禁煙である点にも注意。
昔ながらの喫茶店のような、暖色系の清潔感のある店内。
通されたのは角の広い席。
空いていたのだが、店員さんの誘導のもと、ちょうど同時刻に入店したきれいな女性と相席することになった。
女性店員さんがお水とおしぼり(ウェットティッシュ型ではなく、ほかほかタオル型なのがうれしい)を持ってきてくれるや否や、彼女は「ポークカレー」とひと言。
いちばん人気のメニュー、かつ、1000円以上のカレーばかりのなか、唯一950円というリーズナブルさを誇るメニューでもある。
焼きりんご(530円)をいただくことを思えば、私もカレーは1000円未満で抑えたい。
「ポークカレーと焼きりんご、ください。ごはんは少な目で」
メニューを見ずにオーダーしてしまったが、実際のラインナップは下記写真のとおり。
ポーク、チキン、エビ、ビーフ、タン、そしてハヤシライス。
いずれのソースも大盛り(有料)が選べるが、辛さについては指定できないようだ。
ライスの量はレギュラー、中盛り、大盛りからセレクト(中盛り以上は有料)。
カレーはテイクアウト&通販可能である。
サラダはコンビネーション、ハム、アスパラガスと小サラダの4種類だが、小サラダ(320円)を除くといずれも980円となかなか高価格。
コンビネーションサラダはハムとアスパラの組み合わせという意味なのかなと考えたのだが、英語メニューを見ると“season”となっている。季節の野菜のサラダという意味なのだろうか。うーん、どっちだろう。
■これがスマトラ式ポークカレーだ!
メニューを見ることなくポークカレーを頼んだ直後、即座に届けられたのはコーンスープ。
コーンスープと呼ぶにはずいぶん薄い黄色だ。
ひとくちいただくと、中華料理店のコーンスープを思い出す、あっさりとした味付け。
ひとくち、ふたくち程度スープをすすったところで、スマトラカレーが眼下に。
ファストフード店もびっくりの早さである。
※ポークカレー950円(ごはん少な目)
※テーブル備付の福神漬けとらっきょうがうれしい
※本当はとてもおいしそうなのに、私の撮影テクがカスで、すみません・・・
カレーポットに入ったカレーって、久々。
興奮気味にスマトラポークカレーを撮影する横で、相席中の美人はカレーポットをぐわしと掴み、注ぎ口からソースをドバドバとライスの上にかけていった。
使いたい放題の福神漬けとらっきょうになど目もくれない。
ただひたすらに、ポークカレーをかっ食らう。
ガツガツとカレーライスを食べる様は貫録に満ち溢れていた。
その姿、野武士。
その勢いにつられ、私もカレーポットを掴んでソースをごはんの上に注ぎ込んだ。
なるほど、これが共栄堂スタイル・・・と思って周囲を見てみれば、皆、店員さんが最初に持ってきてくれていたお玉(ソースレードル)をちゃんと使っていたのだった。
※やっぱり、お玉、使うことにしました
しかしお玉がそれなりの大きさのため、少々不安定。
・・・「ソースポットからそのまま」スタイルの方が勝手がいいかも・・・。
それはさておきスマトラ式ポークカレー。
焦げ茶のソースはサラサラとしている。
小麦粉は使わずに、26種にも及ぶスパイスと各種野菜・お肉をじっくり煮込んで作られているそうだ。
冒頭にご紹介させていただいたid:ocan-o-oさんの記事で「初めてのスマトラカレーは今までに食べたことの無い不思議な味。」と記されていたこともあり、少しドキドキしながらのひと口目。
うーん、おいしい、が・・・苦い?
ひとまず辛くなかったので一安心だが、確かに感じるのは、日本カレーともインドカレーとも欧風カレーとも異なる風味。
薬膳カレー系か?
確かめるべくもうひと口いただいてみると、口が慣れたのか、そこまでの苦味は感じない。
甘みの少ないスマトラカレーは「大人のカレー」という印象だ。
さらさらとしたソースは、少し固めに炊かれたごはんとの相性が抜群。
福神漬けとらっきょうもおいしく、ごはんを小盛りにしたことを後悔してしまう。
※カレーとごはんの場合、こうやっていただくのが好きです
■待ってました!焼きりんご
どんなにチビチビと食べても、やがて来てしまう「完食」のとき。
しかしその後にデザートが控えているとあらば、気持ちはますます高ぶるというものである。
オフィシャルサイトによると、焼きりんごは10月から4月までの半年間、1日25~30個程度作っているそうだ。
数量の刻み方が本気度を物語っている。
土曜日は終日提供しているものの、ランチタイムが混み合う平日は14時以降のみ。
しかも、あくまでデザートとして食べてほしいという想いから、単品注文は不可である。
4月も末にさしかかり、まさに今が、今シーズンのラストチャンスなのだ。
届けられたのは、丸ごと1個分の焼きりんご。
フォークで切ってみると、皮はふにゃふにゃ、中の方はまだ少しシャッキリ感が残っていた。
このりんごなら、どんな人でも歯茎から血は出ない。
デンターライオン ハミガキ CM 昭和55年 - YouTube
生クリームが添えられているが、まずはこのまま。
甘酸っぱいりんごの「味」はもちろんだが、ふにゃふにゃとシャッキリが同時に味わえる「食感」の妙もたまらない。
生クリームをかけてみると、酸っぱさがマイルドに。
生クリームはサラサラとりんごから流れ落ちていってしまうので、ホイップクリームと一緒にいただいてみたい・・・が、ここは喫茶店ではなくカレー専門店。
変に凝ることなく、「りんごを丸ごと焼き、生クリームとともにそのまま出す」というのが、いい。
■その歴史、伊達じゃないのでございます
りんごをいただきながら、コーヒーでも飲みたいなあとメニューを開いてみれば
なんと、飲み物は「お休み中」。
しかし・・・
コーヒーはギリギリ、「お休み中」の白いテープで覆われていない。
すなわち、コーヒーだけはお休みしていない可能性がある。
だが、さらによく見てみれば、白いテープを上から押さえている透明のセロハンは、コーヒーの部分もしっかり覆っているのだ。
コーヒー、飲みたいな・・・
聞いてみようかな・・・
白いテープには覆われていないけれど、セロハンには覆われているからな・・・
そこへ、隣の席に新たな男性のお客さんが。
「エビ、ソース大盛りで小サラダ。あと持ち帰りでポークとチキン」
これはとんでもない手練れ・・・まさに共栄堂ニスト(きょうえいどニスト)!
「どニスト」の前で
「コーヒー、ありますか?」
「メニューにあるとおり、お休み中なんですよ」
「そうですか・・・」
などというやり取りを披露したくない!
やれやれ、メニューちゃんと見ろよ共栄堂ビギナー・・・
などと思われたくない!
ビギナーなら、ビギナーらしく、慎ましく過ごすのが吉!
コーヒーへの想いはぐっと堪え、同じくメニューに記されていた、大正13年から続く共栄堂さんの歴史について学ぶことにした。
明治の末、行き詰まった日本から脱出して南方雄飛を志した長野県伊那の伊藤友次郎は、広く東南アジアに遊び知見を広めて、南洋年鑑を著すなど、南方の風俗の紹介、通商貿易に大いに貢献しました。
彼(か)の地の風物を愛した氏は、大正の末、京橋南槙町、今の東京駅近くに「カフェ南国」という、当時としては斬新な、カレー・コーヒーの店を開きましたが、関東大震災のため瓦解しました。
氏よりスマトラ島のカレーの作り方を教わり、私どもの口に合う様アレンジしたものが、共栄堂のカレーでございます。さまざまな材料の味、スパイスの風味をソースにとかしこみながら、さらっと仕上げるのが当店の特徴でございます。
私どもの先祖のルーツの一つ、東南アジアに思いをはせながらご賞味いただければ幸せでございます。
(※一部、句読点を追記しました)
当初はカレーとコーヒーのお店だったのか。
ますます、コーヒーだけはお休みしていない可能性が濃厚になってきた。
しかし今日は諦めたのだ。再度、お店の歴史に話を戻したい。
明治時代に南方(マレー、シンガポール等)で活躍した伊藤友次郎さんが持ち帰った現地レシピのもと作られているのが、共栄堂のスマトラカレー。
少し調べてみると、伊藤氏の著書「南洋年鑑」は今も購入可能だった。
その本の「刊行の辞」にて、中部大学国際関係学部教授の青木澄夫氏は伊藤氏をこう紹介している。
「日本と南洋の交流史の中で、忘れ去られた人物に伊藤友治郎がいる。
今では東京神田のカレー店にインドネシアのスマトラカレーの味を伝授した人として知られているにすぎないが、伊藤は明治の末に満州、朝鮮、シンガポールで日本語新聞を発行し、また昭和の初めまで民の立場から南洋を紹介して、南洋向けの人材育成に尽くした人物だった。」
ただのスマトラカレーおじさんだったわけではないことがしっかり記されているのだ。
伊藤氏はもともと新聞記者。自由民権思想の普及のために活動した壮士で、前科12犯だったとか。
監視の目を逃れるように南方に赴いたものの、そちらでもアグレッシブに活躍したようで、現地の邦人たちと対立したらしい。
結婚は3度。「お経不要、戒名不要、坊さん不要、線香不要」と妻に託して終えた81年の生涯、大変興味深い。
※下記PDFから青木氏による紹介文全文が読めます
http://www.ryuukei.co.jp/sinkan/nanyounenkan.pdf
そんな歴史を感じながらいただいても、感じずにいただいても、ほかにはない独特な風味がたまらない、共栄堂のスマトラカレー。
ペーパーナフキンに描かれたヤシの木にスマトラの風を感じたり、
ロゴマークの「KC」は「Kyoeido Curry」の略なのかな、なんて思いを馳せたりしてもいい。
会計の際、焼きりんごも大変おいしかったです、とお伝えしたところ、優しそうな男性店員さんより「5月2日ごろまではお出しできると思いますよ」との情報が。
秋まで待てない!食べてみたい!という方は、ぜひ今週中にご訪問を。
もちろん焼きりんごがなくても、大正13年から続く唯一無二の「共栄堂のスマトラカレー」は、ぜひともご賞味いただきたい限り。
次回訪問時にはハヤシライスをいただいてみたいものだ。
ハヤシにはどんな歴史が隠されているのだろうか・・・。
私のお隣の席にいらした共栄堂ニストの男性も、しっかりお玉を使って、カレーポットからソースを注いでいたことを追記して、本レポートを終える。
※お店情報
公式サイト:スマトラカレー共栄堂 東京神田神保町のカレーライス
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