※本日の目次
■月に一度の「アメリカン」デー
東銀座で、昼ごはん。
名店がひしめくエリアながら、やはり外せないのは、食パン一斤サンドの「喫茶アメリカン」。
あまりにも(いろんな意味で)大好きなものだから、1ヶ月に1度は訪れようと心に誓っている。
が、テレビその他、多数メディアで紹介された影響から、2月は大混雑ゆえに訪問に失敗してしまった。
実は3月も、うまく予定を調整できず伺うことができなかったのだ。
心に誓うなどという言葉を軽々しく用いたことが恥ずかしい。
4月1日。私の心は燃えていた。
今日こそは絶対に行くのだ。
前日から遠足を待つ子どものようにソワソワし、昼だけで食パン一斤を平らげられるよう、キャベツばかり食べて過ごした。
コンディション絶好調。(ベイスターズも絶好調 ※4月1日時点)
お店の前についたのは、11時半すぎ。気合十分、十二分だ。
さすがにこの時間はお店の前に行列もなく、
テイクアウト用サンドイッチもよりどりみどりの状態。
見上げれば、
お手紙。
いよいよサンドイッチがおいしい春がやってきました。
アレッ、そういえば、夏の終わりには・・・
食欲の秋がやって来ました。
当店のサンドイッチもさらにおいしい季節となりました。
サンドイッチは、季節ごとにおいしくなりがちだ。
お手紙も拝んだことだし、さあいよいよ入店、とドアに手をかけようとしたところ、目に飛び込んできたのは「本日のランチは12:00からとさせていただきます」の札。
・・・エイプリルフール?
という訳でもなかろう。
・・・前日からつくりあげてきたこの胃袋、どうしてくれる・・・。
近くのドトールで時間をつぶすかどうか逡巡しながら、とりあえず歩き始めたものの、別のお店で昼食を済ませる、という発想はこの時点では皆無だった。
あくまでも悩みのポイントは、約20分間の時間をつぶすためにコーヒー代を出せるか否なのだ(ケチ)。
しばし考えながらトボトボと歩き、至った結論は「よし、散歩」。
歩きながら、東銀座の名店たちの場所を学ぶとしよう。20分なんてあっという間だ。
■東銀座の「昭和」が、またひとつ
人気店がひしめきあう東銀座、「名前は知っていたけれど、ここにあったとは」という出会いの多い散歩だった。
平日のお昼、毎日来られたらいいのに・・・。
そんなことを思いながら歩いていると、あと5分ほどで正午になろうかという時間になっていた。
いよいよ、サンドイッチタイム!
足取り軽くアメリカンの方角に向かうなか、通り過ぎるはずだったお店の前に貼られた紙に、つい、足が止まる。
食堂の閉店。
4月になった瞬間、朝のニュースも色々な値上げを報じていたものなァ・・・。
少し貼り紙からズームアウトしてみると、
「昭和の香り漂う」などと表現するべきなのだろうか。
その外観から歴史の重みを感じるとんかつ屋さん「豚児(とんじ)」だった。
「豚児」といえば、銀座7丁目にある大好きなとんかつ屋さん(と言いつついつも魚フライをいただくのだが)「不二」の記事に寄せていただいたコメントのなかで
銀座の揚げ物・・ぜひ「豚児」にチャレンジしてほしい。やってんのかな・・ここ・・みたいな。
と、ご紹介いただいていたお店である。
(id:thesecret3さん、ありがとうございました!)
アメリカンに行こうと誓っていた私の心。
開店するまで時間をつぶした、私のアメリカンに対する忠誠心。
かたや、目の前にある4月末で閉店するおすすめ店「豚児」。
喫茶店で時間を潰すか否かで悩んだ直後、再度こんなにも悩まされる時間がくるとは思いもしなかった。
ウーンウーンウーンウーン・・・
とりあえずアメリカンは逃げない、が、パンとタマゴサラダが食べたい気持ちをどうする・・・それほどとんかつ気分ではない、が、ここに来たのもなにかのご縁に違いない・・・
心は決まった。
目の前にある豚児さんの、年季の入った(少し立てつけの悪い)戸に手をかけ、ギュッと押し開ける。
キュッ!という戸の擦れる音とともに、目の前に飛び込んできたのは「THE 昭和大衆食堂」と言わんばかりの空間と、奥の厨房でひとりせっせと料理の支度をするご主人の姿だった。
■昼だから「ランチ」ください
お店の中は、4人掛けのボックス席が5つと、2人掛けの席が1つ。
先客のおじさん2人組はさておき、その他のおじさんはおひとりさまだったのだが、それぞれぜいたくにボックス席を独り占めしていた。
お店を切り盛りしているのは、厨房でせわしく動いているご主人のみのようだ。
ホールも厨房も、すべてご主人が1人で回している。
当然、いらっしゃいませと手厚くもてなされるはずもないので、人生の先輩たちに倣い、空いているボックス席を独り占めさせていただくことにした。
・・・混んできたら、相席かな。
その際、ボックス席は厄介だ。
万が一にも横並びになってしまったら、もちろん私は奥に詰めることになる。
そして早く食べ終わるのは私なのだ。
となると、食べ終えたら隣のおじさんに「チョットすいません」と言って、一度立っていただいて、たぶんもう一度か二度は「すいませんでした」「ありがとうございました」とか言って、やっと会計を済ませて、退店することになる。
考えたら、少し脳みそが疲れた。
取り越し苦労はよくない癖だ。
そのときになったら「やれやれだぜ」と思えばそれでよし、今は何も考えず、広いボックス席に身体をうずめよう。
テーブルに置かれたメニューを手に取る。
この、味わい深さ。
定食とランチ、何が違うんだろう。
メニューが右から左へ移行するにつれ、価格のゼロを書く手間が徐々に惜しまれてきており、果てのドライカレー、焼きめしに至っては「6円」状態である。
ランチと定食の謎を解明したい気持ちもあるし、シューマイライスあたり、オリジナリティに富んでいそうで興味深い。
店の名を冠した豚児丼に焼きめしなどというのもよい。
大変悩ましいところだが、せっかくの正午訪問、ここは「ランチ」でいってみよう。
もしご主人に余裕がありそうなら、定食との違いについても伺ってみるか。
メニューを決めて安心すると、やっと、店内のテレビの音が耳に届いてきた。
初訪問のお店はやはり少しドキドキし、周囲の風景が見えなくなりがちなのだ。
流れているのはフジテレビ「バイキング」だった。
※写真右手が2人掛け席。頭上があからさまに階段。
※待合スペースっぽいところに置かれているのは、週刊現代、文春、そして競馬新聞と思しきもの。
「ランチ」を頼もう、と決めたはいいが、ご主人が厨房から出てこない。
これは・・・もしかして・・・「注文内容を決めたら、めいめいに厨房に向かってメニュー名を叫ぶ方式」なのか・・・?
誰かに聞いてみようかと周囲を見回してみるが、おっさん、否、人生の先輩たちはひたすらに己の時間を噛みしめている。
くっ!そんな素敵なひとときを、私の小さな質問で踏みにじるわけにいかない!
聞けない!どうする!
テレビから聴こえてくる坂上忍さんの声が、再び耳から遠のいていく。
と、そこに、厨房からご主人が忙しそうに揚げ物を持って出てきた。
先に注文していたお客さんのテーブルにサッとその皿を置き、その流れで、温かい緑茶を持って私の席に来てくれた。
「何にしましょう」
大きすぎず、小さすぎない声。
白い厨房服を身にまとったご主人は小柄で、色が白くて、お店の外観・内観同様にその身に歴史が積み重なっていた。
忙しそうに動いているご主人を引き留め、ランチと定食の違いを聞き出す時間の余裕は、ない。
ただひと言、ランチ、と告げると、ご主人は瞬く間に厨房へと帰ってしまった。
平穏が訪れたテーブル、何気なくメニューを裏返すと、なぜか六角凧が挟まっているのだった。
※局所的に東銀座・歌舞伎座ムード
※灰皿は、デフォルトです
直後、新たなるおじさん1名が来店し、慣れた所作で適当な席につき、流れるように「ランチ」を注文。
ウーン、鮮やか、憧れる。
・・・あッ!
ハタと気づいたが、「ランチ」は定番メニューだったのか。
ならば私はちょっとひねったメニューをお願いすればよかった・・・。
そうすれば、あの鮮やかな橙色のメニュー表に書かれた品々の謎に、少し早めに迫れたのに。
初訪問のお店は、己の采配ミスへの後悔がつのってばかりだ。
※後悔しがち(直近の事例です)
■これはお子様ランチならぬ、おじ様ランチだ!
厨房からは揚げ物をこしらえる音がする。
揚げたてフライの到着をしばし待ちながら、「バイキング」を映すテレビに目をやる。
隣のボックス席に座るおじさんたちも、画面を見ながら笑っていた。
テレビのあるお店って、いいなあ。
・・・なんて思っていると、平皿を持ったご主人が厨房からパタパタと飛び出してきて、「ランチです」と、フライが盛られたお皿と、茶わん大盛りの白米をテーブルに置いてくれた。
そうだ、「ごはん少な目」と伝え忘れた・・・。
そんな淡い後悔をよそに、ご主人はくるりと厨房へと踵を返し、今度は味噌汁とおしんこを届けてくれた。
お盆を使わないポリシーなのだろうか、厨房と客席の往復回数は多めである。
そうして届けていただいた「ランチ」の正体とは、これだ!
フライ2種とハムエッグ、揚げシューマイにポテトサラダが盛られたお皿に、白米、味噌汁、おしんこ。
これで600円!
※わかりづらいがフライは2種。この日はイカフライとコロッケだった
疲れたときにはやっぱり揚げ物。
フライの茶色で渋く色づけされたキャンバスの中心に、ハムエッグの明るいピンクと白が映える。
このお皿1枚で、テンションがグッと上がってくる。
あの伝説の食マンガ『孤独のグルメ』において、
ソースの味って男のコだよな
という珍言名言が残されているが、まさにこのひと皿、「男のコ」が凝縮されている気がする。
旗こそ立っていないが、この顔ぶれ、お子様ランチならぬ「おじ様ランチ」と呼びたい!
最初に着手したのは、センターのハムエッグ。
何気なくハムを持ち上げたところ、
この、目玉焼きの黄身のとろりとした半熟具合!
腹の底から感激のパッションが湧きあがってくる。
これは、うれしい!!
興奮する心を落ち着けながら、そのままハムをそっと持ち上げる。
黄身がツーっと一筋こぼれ、ハムの身も、少量の黄身を纏っている。
そしてそれを、
白米という大海原に放つ!
贅沢に、黄身付きハムでごはんをくるりと巻いて、いただきます。
うっすらと感じるハムの塩気と、まったりした黄身、そしてごはんがひとつになる幸せ。
さて、残る目玉焼きをいかにいただくか。
諸説あろうが、私はポリシーなき「何をかけてもおいしい」派。
悩むところだが、半熟卵のとろとろ具合を活かしたいため、今回は汁系調味料は避けたい。
塩と、味の素をかけていただくことに。
そしてそれを再び、
ごはんへ!
塩化ナトリウム!うまみ成分!炭水化物!
・・・幸せだなあ・・・。
そして、フライ。
ハムエッグが姿を消したランチ皿の片隅にソースを垂らし、時に何もつけず、時にソースをちょこちょことつけて、コロッケをいただく。
コロッケは、何もつけずにいただくとほのかにお肉の味が感じられ、その味わいがまたたまらない。
でもそこにソースを少しつけると、白いごはんとの相性がググッと高まってくる。
そしてイカフライはソースをさっとかけて。
お皿の対極に鎮座していた揚げシューマイは、お肉の味が濃いので、なにもかけずにそのまま。
千切りキャベツは、ポテトサラダや、フライ用に垂らした残ソースと絡めていただいた。
お味噌汁は、大きな豆腐とキャベツとえのきが入っており、食べごたえあり。
口直しにおしんことごはん、というのもいい。
(ちなみにごはんは、柔らかめ)
■おわりに
無心になって食べ進めていたら、あっという間に完食してしまった。
どのおじさんも長居することなく、ササッと食べて、ポッケや財布から小銭を出して、サッと立ち去っていく。
お客さんの出入りはそれほど激しくなかったが、ゆったりと、客席の顔ぶれが変わっていく。常連さんが多そうだ。
長年お店を営むなかで、たった一人でお店を回すご主人の作業量と、お客さんのテンポのバランスが、徐々に取れていったのだろう。
何かを始める前に色々と考えるのもよいことだが、始めてしまったのちに、やりながら答えを導き出すというのも、大事なことだよな・・・。
頭でっかちで、取り越し苦労しがちな自分に沁みる風景であった。
さて、新参者の私ごときがいつまでもボックス席を占領するわけにいかない。
お会計を済ませ、お店の外に出たのは12時半前だった。
それにしても600円とは、すごい。
あの目玉焼きの感動は忘れるまい。おじさんたちが集まるのも納得だ。
おいしい「ランチ」、ごちそうさまでした。
それにしてもあれが「ランチ」なら、「定食」って何なんだろう・・・。
と、いうわけで次回は「定食」のレポートをお届けします。(実食済)
お店の場所は、こちらです。