11月の連休中、見逃してしまっていた映画「グランド・ブダペスト・ホテル」が池袋の新文芸坐で期間限定公開されるというので観に行った。
グランド・ブダペスト・ホテル(初回生産限定) [Blu-ray]
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映画に対する興味関心は薄い方である、と思う。
それでも、なにかの折にたまたま観た予告編の映像があまりに美しく、「ユリイカ」でも特集が組まれていたりしたものだから、「機会があったら観てみたいものだリスト」にはしっかりとその名を連ねていた。
ユリイカ 2014年6月号 特集=ウェス・アンダーソン―『グランド・ブダぺスト・ホテル』へようこそ
- 作者: ウェス・アンダーソン,レイフ・ファインズ,野村訓市,蓮實重彦,三浦哲哉
- 出版社/メーカー: 青土社
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池袋での公開情報に出会えたことこそ「機会」そのもの。
世間が連休に沸き立つ11月初旬。
久々に、ひとり池袋の街を歩くことにしたのだった。
■出かけるからには「楽しみ」を
近くもなく、なかなか訪れることもない街・池袋。
一説によると「サイコー」であるらしい街・ブクロ。
せっかく行くのであれば、人生最大の楽しみ、「メシ」はぜひとも充実させたいところだ。
よいお店を選べるかどうかで、映画の感想も変わろうというもの。
『孤独のグルメ』のように、行き当たりばったりで名店(ときには「迷」店)を探せる大人になりたいものだが、期末テスト当日に「マジやばいよー」と言いつつ教科書丸暗記済だった私に、そんな度胸があるものか。
前日の夜はお店リサーチに全力をあげた。
私の連休がかかっている。手は抜けない。
食べ放題もいいが、「食べ物を取りに行く」のがどうも面倒くさく感じた。
そして、ガツンとした揚げ物が食べたい。
そんな、夜の私の想いを、翌日の昼の私が受け継がなくてはならない。気の毒だ。
しかし、大事なのは今である。翌日のことなど知らぬ。
検索対象を定食屋に絞り込むことにした。
健康だなんだと謳っているようなのじゃなく、1,000円未満で、ごはんではなくおかずでお腹がいっぱいになるような、食べごたえのある定食。
和洋中入り乱れていて、ポリシーやコンセプトは語らず、「満腹になってほしい、それだけ」という空気が店内に充満していると、なおよい。
ザザザっと調べて出会ったのが「キッチンABC」だった。
池袋の西口、東口に1店ずつある定食屋のようだ。
キッチンABC 池袋東口店 (キッチン エービーシー) - 池袋/洋食 [食べログ]
食べログで写真を見る限り、
- お世辞にも色気があるとは言えない無骨な料理写真
- オレンジ色がまぶしい店内写真(東口店のみ)
- レトロなショップロゴ
- 人気メニューは「オリエンタルライス」(写真で見る限り、チンジャオロースーごはん)
私が求めている要素がズラリ勢ぞろい。
ここだ、ここに行こう。
翌日が一気に楽しみになった。
安堵して眠りについたのは午前2時ごろ。
私が楽しみにしているイベントは、いつのまにか「当日」の話になっていた。
連休直前の深夜、無駄に池袋の定食事情に詳しくなった気がする。
■キッチンABC、そのイロハ
お店は11時から開店しているというので、正午前に到着し、ササッと食べてから映画館へ、というコースを設計した。
場所は池袋東口、巨大書店ジュンク堂のすぐ脇の道に入ると、間もなく左手に現れる。
この絶妙なオレンジ、素っ気ない看板、赤白ストライプのオーニング、左手に陳列されている食品サンプル。
「ガッツリ定食」を求め、深夜に食べログオーディションを行った甲斐があった。
この店構えだけで気持ちが高揚してくる。
迷うことなく入店し、テーブルや椅子、壁など、オレンジ色でまとめられた店内奥の小高いテーブルに陣取る。
11時15分ごろには入店したが、親子3人組、男性のおひとりさま3名、女性のおひとりさまが私を含めて2名。
25席の店内に対し、休日のこんな時間にこれだけお客さんが入っているとは。
地元で愛されている様子が伺える。
テーブルの隅に立てかけられているメニューには、料理の名前がびっしり。
1ページ目は手書きだ。
「今月だけ」なんて言われると心が動く。
あと、☆描くのうまいな。
「今月のおすすめ」は、平日だと14時以降でなければ注文できないとのことなので、ご注意を。
きました、オリエンタルライス(左下)。
「肉と野菜のにんにく風味」とのことだが、680円とはすばらしい。揚げ物をつけると800円。
名物メニューの双璧をなすと思われる「インディアンライス(洋風卵とじ)」も気になるところ。
そしてコックさんマークが小粋である。
※「トッピング・サイドメニュー」コーナーではコックさんの存在感UP
ページをめくると、食べログでもよく写真を見かけた「黒カレー」「オムライス」などが登場。
それぞれに興味深く、目移りしてしまうが、「揚げ物が食べたい」という初心に則って「ポークジンジャー盛り合わせ」を選ぶことに。
ブタの生姜焼き、海老フライ、カニクリームコロッケが一皿に集まる奇跡のメニューである。
このお店ではお高めの950円だが、そんな程度で「奇跡」が買い求められるなら安いものだ。
※オレンジ色の店内の奥に光る「スタッフライス」。どれもいちいち惹かれる
※コックさんの「盛り合わせてみました」がタマラナイ。このゾーンがキッチンABCのA級価格帯だ
■これぞ、求めていた味
「地元民に愛される定食屋」は、入店して着席するやいなや、伝票とボールペンを持ったオバチャンがスッとやって来て、無言で「早よ注文せい」という圧力をかけるケースがしばしば。
そのせっかちな感じも嫌いではないのだが、キッチンABCさんのようにメニューが豊富なお店だと、少々困ってしまう。
せっかくなら、悩みたい。
無言の圧力に屈して適当な注文をして、後悔しがちだ。
その点を察してか、注文を急かされるようなことは一切なく、よい意味でこちらを放置してくれた。
おかげで、じっくりと悩むことができた。小さなことだが幸せである。
注文を取ったり、新入りスタッフさんに指導したり、空いた皿を下げたり、掃除したり・・・こじんまりとした店内を縦横無尽に動き回る、茶髪のベテラン女性店員さんを呼び止めて、「ポークジンジャー盛り合わせ」をオーダー。
客席から中がまる見えの厨房にすぐにオーダーが通され、待ち時間10分足らず、いや、5、6分ほどだっただろうか、いずれにせよそれほど待つことなく立派な定食が届けられた。
※どどんとポークジンジャー盛り合わせ(ごはん少な目でオーダー)
平たい皿に盛られたごはん。
おかずに添えられたナポリタン。
それでも味噌汁。
・・・くーっ!タマラン。求めていた食事そのものだ。
生姜焼きは1枚肉ではなく、ばら肉を使用しているパターン。
私はこちらのほうが好みだ。
肉に絡んだソースはそれほど濃くなく、さらりとしている。
この手の生姜焼きは、キャベツの千切りとの相性が抜群だ。
シャキシャキのキャベツをサラッとしたの生姜焼きソースに馴染ませ、ややクタッとさせて、いただく。
心なしか母が作ってくれる生姜焼きに似た味を感じて、うれしくなった。
海老フライは衣厚め。
揚げ物を欲していた私に力がみなぎる。
カニクリームコロッケはクリームたっぷりだ。
ナントカガニをふんだんに使いました、とかじゃない素朴さが嬉しい。
※カニ要素が見当たらないくらいでちょうど良い
さて、そうこうしているうちに、生姜焼きはキャベツとともに完食してしまった。
となると、ごはんはどうなるか。
刮目せよ!
奥義・・・
タルタル飯!
(ここは、たるたる”はん”と読みたい)
マヨラーではないので、マヨネーズそのものを白米に乗せて食べることはないが、どうにも「平たい皿に乗ったごはん」×「タルタルソース」のかけ算にはめっぽう弱い。
なんなんだ、この絶妙な旨さ。
最後にズズッと味噌汁を飲み干し、ごちそうさまである。
■居心地の良さ、Aクラス
黙々と食事を進める耳に入ってくるBGMは、90年代J-POPばかりだった。
DA PUMP、安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S、GLAY・・・こんな楽しい時間があるだろうか。
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※これは前奏だけで全血液の温度が2度上がった・・・
スタッフの方々や、お客さんと厨房とのやり取りの清々しさも心地よい。
客の「さっきのオリエンタルライス、やっぱりオムライスに変えたいんだけど」なんていう無茶なお願いにも「大丈夫です!まだ作り始めていなかったから、よかった!」といった具合。
こだわりの強いオヤジが、素っ気無く、ドスンと丼を供してくるお店とは対極にある。
ドスン系接客の場合、恥ずかしながら私も一応気弱な女なので、ビビって食事が喉を通らなくなってしまうのだ。ナイーブ。
その店キッチンABCさんは、温かい。
安心して食事できる、だからますますおいしい。
新入りの若い男の子が一生懸命オーダーを取る様子、料理をサーブする様子も微笑ましかった。
前述のベテラン女性が常に目を光らせていて、要所、要所でアドバイス。
ふきんを使い終わったら畳むようにとか、盛り付けは最初に多めに盛って減らしていくほうが(最初に少なく盛って後から足していくより)簡単だとか。
その伝え方がとてもライトで、お小言っぽく聞こえない。
とはいえ毎日のように指摘をされたら「うるせェなあ」と思うこともあるだろう。
でもきっと、アルバイトを卒業して振り返ったときに、温かい思い出として心に残るんじゃないだろうか。
ああいう細かな気配りは指摘されなければ気付けないし、イヤミを含まずにサラッと指摘してくれる人がいるというのは、うれしいことだ。
近所にあれば、頻繁に訪れるお店のひとつだっただろうな。
そんなことを思いながら、映画館へと向かったのだった。
■「ブタ」も「ブダ」も、よかった
「グランド・ブダペスト・ホテル」はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した作品。
映画評論家たちの間でも絶賛されていると聞いていたので、やや、身構えて鑑賞した。
主人公を通じて表現された監督の想いだとか、ストーリーの伏線だとか、その回収ぶりだとか、時代背景から読み解くメッセージだとか、そうした部分に想いを馳せるのが至極苦手なのだ。
本来であれば、こうした「咀嚼」こそが映画鑑賞体験をより味わい深くする大事な過程だろう。
そう思うのだが、表面をなぞるだけの楽しみ方で終わってしまいがちなのだ。
それなりに年齢も重ねたので、作品を深く味わえるようになりたいものである。
●簡単にストーリーを
ヨーロッパは旧ズブロフカ共和国(という仮想の国)の名門ホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」を舞台に、現代、1960年代、戦争でざわめく1930年代の様子が描かれる。
主となるストーリーは30年代の出来事で、主人公はこのホテルのコンシェルジュ、グスタヴ・H。
おもてなしのプロである彼はマダムたちの夜のお相手までこなす。
ホテルは、グスタヴに会うために宿泊するお金持ちのマダムたちで連日賑わっていた。
しかしある日、常連客で富豪の「マダムD」が殺害されてしまう。
その遺言で「遺産をグスタヴに譲る」ことが明記されていたことが判明し、物語はそこから一気に急展開。
マダムD殺害の容疑者に仕立て上げられたグスタヴは捕らえられ、彼を慕う新人ベルボーイのゼロとともに、事件の真相に迫っていく。
***
またしても深い考察に至ることなく鑑賞してしまったが、それでも、今年観た(数少ない)映画のなかで最も面白かった。
テンポの良いストーリー展開、小気味良いジョークを含んだ登場人物のやり取り。
「おもてなし」のプロゆえ、グスタヴは新人のゼロに対して小うるさい。
それでもゼロを大事に育てている様子も窺えて、ほんの少しだけ、キッチンABCさんのことを思い出したりしたのだった。
さて、映画内での事件発覚から解決に至るまでのプロセスは「劇場的」であり、殺人鬼の犯行ぶりなどもリアリティには欠ける。
そのぶん、エンタテインメント性が抜群だ。
そして何よりも、素人目に見ても美しい画面構成、カメラの動きや遊び心のある表現、鮮やかな色彩にはハッとさせられる。
音楽も最高に好みで、1秒たりとも暇な時間がなく、最初から最後まで、まさにウェス・アンダーソン監督に「もてなされた」という感覚を抱いた。
深い考察ができれば、もっともっと楽しめたのだろう。
ウェス・アンダーソン最新作「グランド・ブダペスト・ホテル」大ヒット上映中!
※ブルーレイ&DVDは12日に発売されたばかり。トレーラーだけでも一見の価値あり!
いずれにせよ、腹も心も満たされ、素晴らしい休暇を送ることができたことに感謝。
近所の公園で映画のパンフレットを読みながら、その幸せを噛み締めたのだった。