言いたいことやまやまです

仕事をやめ、誇りを持って主婦として生きることにした1985年生まれ。金儲け臭ゼロのブログで生きざまを書き綴っています。お金はいつでもほしい。

やままあき

Author:やまま (id:yamama48)

仕事をやめ、誇りを持って主婦として生きることにした1985年生まれ。
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「我慢」を褒められたい幼稚な妊婦とは私のことだ

妊娠は嬉しいけれど我慢とストレスの日々の幕開けだこの記事を書いている2021年9月時点で、私は妊娠5ヶ月を迎えています。

いわゆる「安定期」ということもあり、妊娠を知った方から「おめでとう」の声をかけていただくことが増えました。ありがとうございます。

とはいえ36歳にしてヤングでego-system炸裂な性格の私、「よかったね!」という言葉にモヤッとしてしまう瞬間があるのです……。

 

「よく決意したね!」

「よかったね!」

「楽しみだね!」

 

と声をかけていただくと、もちろんそのお気持ちはうれしい一方で、

 

「よかないよ!」

「楽しみとも言い切れないよ!」

 

と心のなかのガキンチョな自分が暴れだします。

 

私はなんでこんなにひねくれているんだろう?

子どもが苦手だからこんなことを思ってしまうんだろうか?

 

声をかけてもらうたびに「ムムッ」となる自分が嫌で、「なんでそういう反応をしてしまうんだろうなあ」と想いを巡らせてみました。

 

まず考えたのは、「逆に、心の底からうれしかった言葉ってなんだろう?」。

すぐに手繰り寄せることができたのはこんなメッセージでした。

 

「よく決意したね! 応援してるよ!」

 

数名の方がこうした主旨の言葉をかけてくれました。

どの方も、私が子どもを苦手としていること、ひとりで飲み歩いたり出かけたりするのが好きなことをご存知だったからかもしれません。

 

あらためて噛みしめるように思い返すと、「よくがんばったね」と頭を撫でられているような心地がする言葉です。

振り返りながらちょっぴり、目頭が熱くなってしまったほど。

どの後悔がいちばん大きいだろうか

もちろん、いやいやながらに妊活を始めたわけではありません。

 

私は夫のことがとても好きだし尊敬しています。

大げさだけど、「彼の要素を持った人間が後世に残らないなんて、地球にとって大きな損失だ!」くらいに思っている。

夫も、私がこんな性格なのであまりアピールせずに一緒にいてくれたけれど、実は子どもを望んでいます。

だから妊活できる年齢の間になんのチャレンジしないで、そのまま閉経を迎えてしまったら、「なんであのときがんばらなかったんだろう」と後悔する自分になるだろうと予想しました。

だから前向きにがんばってみようと思った。

 

もちろん、いろんなめぐり合わせ、ご縁をいただいて「新しい命」がやってきてくれたとしても、自由な生活を失うことで後悔の念がつのることも想像できました。

思ってはいけないことだけれど、「お腹のなかに戻したい…」なんて、つい心のなかで悪態をついてしまう日だってあるでしょう。

私が超大金持ちなら、お手伝いさんでも最新家事マシンでもなんでもお世話になって、自由気ままな現在の暮らしを維持できたかもしれませんが、そういうわけにはいきません。

自由を犠牲にすることからは逃げられなくなります。

 

「産む」「産まない」どちらの選択をしても、将来には後悔が待っているのです。

(私は根っからのネガティブ人間なので「後悔」とか「犠牲」という切り口になりますが、裏返せばどちらの選択にも「楽しみ」が待っているということでもあります)

 

どちらの後悔のほうが辛いだろうか、と考えて、ひとまず出した答えは

「私にとってなにより後悔が大きいのは、なんのチャレンジもせぬまま、”産まない”道を選ぶことなんじゃないか」

でした。

ありがたいけれど、辛い、苦しい

この答えを出した時点の私は35歳

いわゆる「高齢出産」は35歳以上のお産を指します。

まだなんの検査もしていませんでしたが、年齢的にも、夫婦どちらかに「産みたくても産めない」要素がある可能性も高いのです。

でも検査や妊活の結果、「できることはやったけれど、ご縁がなかった」のなら、人生の進行方向を潔く「産まない」道に切り替えられそうだと思いました。

そうした確認作業もせぬままに「産めない年齢」を迎えることが、きっといちばんの後悔になる。

 

こんな経緯で妊活に踏み切ったので、「子どもがほしくてたまらない」「早く妊娠したい」という心境ではありませんでした。

本格的な検査を経て私の卵子の数が少ないことも知らされたので、「難しいのかもしれないな……」と思っていた矢先の、まさかの妊娠発覚。

 

妊娠検査薬にうっすらと線が確認できたとき、「うれしい」と言い切れなかった自分がいるのが正直なところです。

「いやいや、オシッコかけすぎただけかもしれないから……」

なんて自分に言い聞かせながら、連続して2本目の検査薬を使いました。

多め少なめ、両方のお小水量にしっかりと反応する検査薬の見事さ……おお、MADE IN JAPAN。

 

またとないご縁に感謝しなければと思いつつも、「見た目はおばさん、心は小学生」な私は、自由とサヨナラするまでの「トツキトオカ・タイムカウンター」の存在をはっきりと認識したのでした。

 

呆然としているいまも含め、刻々と残り時間が少なくなっている……

タイ、行きたかったけれどコロナまっさかりだし、婆さんになるまでお預けなんだな……

生魚、まさかおととい食べたくら寿司で卒業になるとは……

あれ、もう刺身と日本酒で「あー幸せ」って言えないってこと?

え、この夏どうやってビールなしで過ごせばいいわけ?

そういや妊婦さんって、歯がボロボロになって髪も抜けるんでしょ?

この歳だし産後体重戻らなくて一生アースラ(リトル・マーメイド)みたいな見た目で生きる可能性あるよね?

そうなったらだれも私をいち女性としては見てくれなくなるよね?

あ、そもそもお金どうなる……やっぱ私も働かないとやばいかな……

ブログなんて悠長に書いてられなくなるんじゃ……

 

この歳でご縁をいただけただけで本当に奇跡だし、ありがたいことだし、腹の中の生命が元気にこの世に誕生してくれるかわからない状態なのに、こんなしょうもないことで頭がいっぱいになりました。

本当に自分のことばかりで、恥ずかしいというか不謹慎というか……。

 

とはいえ、ありがたいことはありがたいこと。

妊娠を報告すると、夫もよろこんでくれました。それがなによりです。

 

気持ちを整理して、落ち着けて、自由を手放す覚悟をして、ブログ記事も書いて、出産に向けて前向きにがんばっていこうと決めました。

www.yamama48.com

 

こんな書き方をすると眉をひそめられ、罵られるかもしれませんが、私にとっての「妊活」「出産」は「幸せ」でありながらも、「我慢」「自己犠牲」の側面もまた非常に大きいのです。

わがままで幼稚な人間だって、母になれる(はず)

今日の記事の結論は、私の主語はまだまだ「私」なんだ、という情けない話です。

つまり「おめでとう」「よかったね」「楽しみだね」という、お腹のなかの赤ちゃんにスポットライトを当てた言葉にモヤッとしてしまうのは、嫉妬心ゆえなのかもしれません。

36歳にして、お腹が大きくなりはじめている母として情けなさすぎるのだけれど、まだまだ承認欲求フルスロットルで、私にスポットライトを当ててほしいのだと思います。

「よく決心したね!」「よくやってるよ!」

といういたわりの言葉にホロリときたのは、そういう理由なのかな……なんて。

 

あと、うまく文章の流れに組み込めませんでしたが、一部の方の「女にとって、子どもをもうけることが至上の幸せ」みたいな価値観へのムカつきもあります。

自由でいることだって幸せなんだぞ! それを手放すことは苦しいんだぞ! 出産だけが幸せだと決めつけないでよ!! 

 

早く母としての自覚、責任感を持たねばと思います。

この記事に書いたようなことを思ってしまう自分に罪悪感も持ってます。

ふつう、こんな不謹慎な感情は表に出さないもの、出すべきではないものだという意識もあります。

 

じゃあなんでこんな、褒められたもんじゃない記事を書いたのか。

ごくわずかかもしれないけれど、私と同じように「出産に向けてモヤモヤ、悩んでいる人」「妊活に踏み切れずにいる人」に、「こんなふうに感じている人もいるんだな」と見てもらえたらと思ってのことです。

 

私は不安なとき、自分と同じように悩んでいる人のボヤキを目にすると、どこかホッとするんです。

不安を解消するための的確なアドバイスなんかよりもずっとありがたい。

妊活の決心に至るまでにも、たくさんの「悩める妊婦の想い」を読みました。

だからこそ「みんなもがんばっているから、がんばろう」と自分を説得できた気がします。

 

立派な妊婦じゃなくて、すみません。

こんな不完全な人間でも、グチグチ言いつつ完全禁酒して、生魚生肉をやめて、昼も夜も自炊して、どこにも出かけず……出産に向けて努力できています。

(会社員として稼げていないぶん、出費を抑える努力!)

 

たぶん、なんとかなるようにできているんでしょう。

不安を抱える同志たちよ、いっしょにがんばろうじゃないか。

 

そして周りで支えてくださるみなさま、妊婦さんにいろいろ気を遣ってくださってありがとうございます。

わがままついでにひとつご相談。

「赤ちゃん」じゃなくて「母体となっている女性(妊婦、母としてではなく、いち個人として)」を主役にした声掛けも、たまに、いや、本音では「ドシドシ」いただけると幸甚でございます。

応援されるって、やっぱりとてもうれしいし、力が出ます!