こんばんは、煌めきの時間です。
きれいになりたいなあ、と暇さえあれば思っています。
先日結婚式に招かれ、いい気分で記念写真をたくさん撮ったのですが、翌日写真を見返したら自分の顔がまあデカくて、ババアでブサイクで悲しくなってきました。
ボトックス注射もハイフ (超音波で脂肪細胞をやっつけるやつ)もやったのに、「焼け石に水」効果しか見受けられませんでした。
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加えて、おしゃれさにも欠けている私。少しでも見た目を整えたく、InstagramやWEARでコーディネートをチェックすることがあります。特定の人を追っていて、こんな風になりたいなあと思いながら見ているのですが、ファン心を捨てて客観的に見れば、決して「美人」ではないのです。それでも惹きつけられるのはなぜなのか。
一方で、自撮り写真の勉強用にミスなんとかの女性のアカウントを見ることもあります。客観視すれば「美人」なのですが、憧れの気持ち、ひいては好ましいという気持ちが全く湧いてこないのです。これもなぜなのか。美は正義ではないのか。
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きれいな顔立ちというのは、オプションでしかないのです。一翻でしかない。「美人」以上でも以下でもない、ただそれだけ。
魅力というのは「顔立ち」とは別のところにあるということです。その人が取り組んでいることに好印象を抱いたり、想いに共感したりすることで感じるもの。
たとえば、渡辺直美さんです。彼女は横に大きな方でそれはいわゆる「美人像」には当てはまらない要素ですが、彼女の芸や言動に心揺さぶられた結果、多くの人が、見た目も含めて彼女の虜になっている。
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美人になりたい。そう思って小手先でいろんなことをしたって、追い求める「うつくしい人」には永久になれないのだと気付きました。
エステの情報を読み漁る暇があるなら、内面を研鑽すべきなのです。
少なくとも、結婚式の写真を見返して「ああ、楽しかった!しあわせだった!」と思うより先に「私ってなんてブサイクなの」と思うような奴は、うつくしさの対極にいると思った方がよいだろうな。
人を惹きつけられるなにかを持つ人間になりたい。そういう意味でのうつくしさには、年齢は関係ない。若ければいいというものではない。まだ手遅れではない。
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「どうしてそんなに、煌めいてるの!」
……ひとつまえのクールでやっていた「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」、ラブライブよりハマって今に至ります。2.5次元ミュージカル、ちょっと観に行きたい。
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