言いたいことやまやまです

2022年2月に出産した1985年生まれの主婦です。資料作成が好き。

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働き方に悩むの、飽きてきた。「都合良すぎ」「甘い」と言われても、成立しちゃえばこっちのもんだ

こんばんは、グラスビール1杯でノリノリな時間です。

今日、東京はたいへんよい天気でした。窓の大きなプロントに行き、だらだらとメール処理などをして過ごしました。こういう時間がだいすきです。

「だめな自分」を本心では諦めていないようだ

仕事は、相変わらず悩みが尽きません。

反省して、一念発起のつもりで下記の『仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?』を読み始めたのですが、だんだん辛くなってきて読了できぬまま放ってしまっています。

仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?

仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?

 

 「考えうるすべての失敗パターンを書き出し、それを予防する手段をとっていく」という教えを前に、ゆで卵の黄身を一気に喉に押し込んだような気持ちになりました。

本当に「失敗しないぞ!」と覚悟が決まっているなら、努力して然るべき。しかしがんばろうとしていない自分がここにいる。「実は”失敗しないこと”に興味を持てていないのだ」ということに気付かされます。

ダイエットなど、思い当たるかたも多いのではないでしょうか。「そんなに辛いなら、ダイエットはいいや……」と反応してしまううちは、「痩せなきゃ」と思いつつもダイエットに興味がないのです。それが正直な本心というものです。

「痩せたいと思っているのに、本心がついてきてくれない」。

そんな自分がまた、嫌になるものです。いまの私も同じ状況です。

先週も、かなり悩みました。カウンセラーさんのもとを訪れて光明が指した部分もありますが、そのことによって新たな悩みが生まれ、本格的に悩みが頭のなかから離れなくなりました。いちばんダメなパターンに陥っています。「悩みのWeb検索」です。

ヒットするのはほとんどYahoo知恵袋や発言小町。私のようなゆるゆる社会人に、アドバイザーたちは手厳しいアドバイスを与えていました。

  • 仕事は遊びじゃない
  • お金をいただいているのに、責任感がなさすぎる
  • 本当に反省しているのならもっと積極的になれ
  • そのくらいのこと我慢しろ
  • そんなだから「使えないやつ」扱いなんだ

ぜんぶ正論。ぜんぶ耳が痛い。ぜんぶ私が悪い。返す言葉もない。

心底まいってしまった日、大企業に勤めている知人に相談をしたのですが、

「前の職場であれだけ悩んで、やっと転職して、また悩んで……。複業したいとか、都合のいいことばかり言っているじゃないか、考え方が甘い。みんな我慢しながら働いているんだ。私だって毎日楽しいわけじゃない」

ごもっともです。お給料は、我慢料。楽しいだけで稼げるだなんて、そんな都合のいい話はありません。

環境に合わせるのではなく、環境をつくる

私だってもう3度も転職しています。桃源郷がないことは知っています。だけど「ああすればよかった!」という後悔の少ない人生を送りたいのです。ちなみに「ああ”しなければ”よかった!」という後悔ではなく、「ああ”すれば”よかった!」という後悔をしたくない、ということを強調します。汗をかかずに生きていきたいなどとは思っていません。でも、どうせなら「いい汗」をかきたい。

検索のたびにヒットする「お叱りの言葉」を通じて、「私は甘くて都合がいいことばかり望んでいるダメなやつなんだ」と思い続けていました。でも今日、よい天気のもとでビールを飲み、いい気分に浸っているときにふと、「私は”ダメ”なんじゃなく、”マイノリティ”なだけだ」と思えてきたのです。

冒頭のツイートのとおり、「悩むのに飽きました」。それで、こんなことをポツポツと思い始めたのです。

  • うっかりしがちな性格をカバーする方法は「失敗の可能性を洗い出してすべてに予防措置をとる」こと以外にもある。
  • がんばります!って言ったら、「おう、がんばろう!」と言ってもらえる関係が好き。
  • 2つの仕事を、睡眠時間を無駄に犠牲にすることなく両立させたい。
  • 自分のキャラクターをなんらかの形で活かしたい。構ってもらいたい。

我慢しながら一生懸命働いている人(マジョリティ)からすれば、本当に甘えた戯言です。でも、「そんな気持ちを持ってはならない!」などと規制されるべき思想なのだろうか?

週5日以上、残業しながら、いろんな我慢を強いられながら、安定したお給料をいただく。なにもこれは「週5日未満、残業もせず、あまり我慢せずに過ごしていると金に苦しむ」こととイコールではありません。そうなる可能性は高いかもしれないけれど、イコールではありません。

きっと叱ってくれる人たちは「その生き方をしたことがない」から不安なのです。だから親切心で「我慢しろ、甘いこと言うな」と一生懸命制止してくれている。もしくは、そういう選択肢を選べないがゆえの嫉妬心なのだ、と思うことにしよう。

「ふつうじゃない」のは勇気がいるけれど

カウンセラーさんが「やままさんは、”ふつう”からちょっとハミ出たい人」と指摘してくれたのを思い出しました。そうだ、そうだ、他人とちょっと違う存在でありたいとずっと思ってきたのだった。なのに、私の中の安全装置みたいなのが高性能なものだから、「それをやるべきではない!」「反省せよ!」とアラートを出してくるのです。それに屈し続けていました。

考えてみれば、親父も弟もギャンブルな人生(賭博をしているということではなく)を送っています。安牌とはかけはなれた生き方をしているくせに、悲壮感がないし、しぶとい人たちです。そうだそうだ、私、そういう血筋なんだった。

もしかしたら来年にはフリーター生活をしているかもしれません。でも、それでのたれ死ぬことはないでしょう。プライドの問題だけです。

「自分に自信を持ちすぎ」「できないのにできるって言いがち」「理想の自分と現実の自分にギャップがあるのを知ったほうがいい」…そんなアドバイスも、最近いただきました。ハッとさせられ、「ダメな自分」を受け入れきれていなかったことに気付きました。

自分のなかの安全装置、ちょっと性能ダウンしてくれないか。マジョリティに屈するな。大多数の意見に合わせれば叩かれないという安心感がほしいのか、挑戦して楽しく生きるのか。33歳は若くない。でもこれから先の人生のなかではいちばん若い。

かっこ悪い凡人女の生きざまは引き続き毎日綴ってまいります。王道の勝利ルート以外でも楽しく生きられることを示せたらよいです。

そうはいっても、今週の仕事に緊張し始めている夜であります。