昼スナックのママをやりはじめて、「私はもしかして”聴き上手”の部類に入るのではないか」と思ってしまった罪をここに告白します。
うぬぼれていた私は「もっと聴き上手になれば、それがスナックのウリになるかもしれない」なんて思って、「傾聴」なるものを少し学んだのでした。
- 私は傾聴力のない人間だった…
- 「聞く」と「傾聴」の違い / 相手に共感し、受容する
- 傾聴するならマイクは相手にだけ向けよう
- 傾聴スキルがなさすぎて、人見知りしない私から言葉が消えた
- 傾聴力アップに向けて
私は傾聴力のない人間だった…
今月から月イチで、オンラインの傾聴練習ワークショップに参加しはじめました。こういうものは「言うは易く行うは難し」の最たるものだと思ったためです。
本を読めば、レクチャー動画を見れば、内容には納得するのでわかった気になるのですが、いざやろうとすると、理想の形を実践できているのかがわかりません。
なにがどう間違っているか客観的に指摘してもらい、直していくのが習得の最短コースだと思いました。
それで、昨日がデビュー戦でした。
2人1組にわかれ、パートナーになった相手の話を「傾聴」します。
私は昼スナックでいつもそうしているように、ふんふんと相槌を打ちつつ、おもしろいなと思った話を深堀りし、ときに相手の言葉を繰り返したり要約したりしながら楽しく会話を……しているつもりでした。
しかしお相手は徐々に困り顔になっていき、終盤では、講師の方がミュート解除して助け舟を出してくださることに。
なぜ!? めちゃくちゃ楽しかったじゃん! なにがダメなわけ!?
「聞く」と「傾聴」の違い / 相手に共感し、受容する
私が受講したUdemy(動画学習サービスプラットフォーム)の「人の話が楽に聞けるようになる【はじめての傾聴】」 という動画によれば、「相手に耳を”傾”けて聴く」ことが傾聴だそうです。
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▼私が受講した動画はこちら (紹介文はUdemyより引用)
人の話が楽に聞けるようになる【はじめての傾聴】カウンセラーが現場で使っている「話の聴き方(講師:大塚あやこ)
話を聞くのが苦手な人も、人との関係をよくしたい人も。
ビジネス/プライベートにかかわらず会話の質が変わります。
カウンセラー養成講座で教えている「傾聴」のイロハから極意まで、ステップで網羅した120分
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「聞く」は"hear"と訳し、「音が聞こえる」状態、つまり「受動的なきき方」を指します。
一方の「聴く(傾聴)」は"listen"で、「意識して聴く」「集中して聴く」状態、すなわち「積極的なきき方」を指します。
私がスナックママをしているときだって、ちゃんと相手の話を意識して、集中してきいているよ! と思ったのですが、ふつうの会話と傾聴にも違いがあるといいます。
前者(会話)は話し手ときき手がその時々で入れ替わるのに対し、後者(傾聴)ははっきりと役割が分かれます。話し手はひたすら話す。きき手は聴くに徹する。
だから「相手の話を傾聴しよう」と思うのであれば、ききながら「自分の意見を言う」のはもってのほかなのです。アドバイスしたり、課題解決に導こうとするのもだめ。
相手のなかに答えがあるのだという考えのもと、相手自身がそれを掘り返すための壁打ち相手になるかんじでしょうか。
その際に大切なのが「共感」です。「うんうん、わかる~」というタイプの共感ではなく、「あなたはそういうふうに感じたのね」「あなたはそう考えているのね」と、相手の在り方そのまま受け入れるタイプのものです。
▼Udemyのセールはめちゃくちゃオトクです!
傾聴するならマイクは相手にだけ向けよう
さて話は「聴き上手なのではないか」とうぬぼれていた私の話に戻ります。
前述の動画などを観ていた私は、「とりあえずいつもよりオウム返し増やしとこ」くらいの意識で臨みました。
相手の話のなかで重要だと思ったポイントを繰り返すことで、相手の中に気付きが生まれるとされていたためです。
でも途中で「ストップストップ~」となってしまった理由は、講師の方の言葉を借りると
「マイクをもっと相手に向けてください」
でした。
相手の方は、表情を曇らせながら
「やままさんの聞きたいことを質問しちゃってますね……」
とおっしゃっていました。
要は「おまえさん、聴くに徹していないじゃないか!」ということです。
相手の感情の起伏はどこでいちばん激しくなっているか、相手のもやもやはどこに固まっていそうか、といったことを意識できていなかったのです。
となると、無意識のうちにやっている「いつものクセ」が出てきてしまいます。
「早く課題を明らかにして解決したい」
「どこをほじくれば宴席が盛り上がるか」
「どのポイントなら自分の思ったことを差し込めるか」
「どうすればみんなが私にマイクを向けてくれるか」(←!)
全然、相手に心を傾けられていませんでした。
「課題を解決したい」というのは一見すると相手を想っているようにも見えますが、ただ自分がカタルシスを得たいだけです。
パズルを組み立てるときや知恵の輪をほどくのと同じ、「自分がすっきりしたいため」の行為でした。
傾聴スキルがなさすぎて、人見知りしない私から言葉が消えた
講師の方からのアドバイスをいただき、いざ軌道修正。
相手の話は再開したものの、とんでもなく不快になっている自分を見つけてしまいました。
お話を伺いながら言葉を思いつくたびに
「あ、これはまた自分のことになっちゃってる」
「また課題解決のための質問をしようとしてる」
といった具合で、言葉が出そうになっては止めるの繰り返しでした。
バリウム検査のときの「ゲップしちゃダメ」の感覚に似ています。
苦しくて、もどかしくて、イライラ。自分の思っていることを言えないと、私は「悔しい」気持ちになるのだと知りました。
「次回は少しでも傾聴できるようにがんばろう」というやる気が湧くどころか、相手にばかりマイクが向けられている状況がおもしろくなく、なんともいえない嫌な心地。
私は生まれてこのかた36年、ずっとずっとずーーーーーーっと、自分の意思表示ばかりさせてもらっていたんだなと気づきました。
私が聴き上手だなんてとんでもない。仲良くしてくださっているみなさんが聴き上手だったのです。みんな、いつもありがとうね……!
傾聴力アップに向けて
そんな次第ですから、私が傾聴を体得するまでにはたくさんの苦痛、不快感の克服は避けて通れません。あんな想いをするなら、傾聴なんてできなくていいと思っている自分が存在するのも事実です。
でもきっと、それだけ相手に心を傾けていなかったということは、人間関係にもいろいろ悪影響を及ぼしてきたということなのでは……。
ワークショップは1年間続くので、あと11回、がんばってみます。なにかが変わるといいなあ。