人生初の写経体験をつづっています。
1)写経前の儀式について
2)写経前半戦
今回、いよいよラストスパートです。
■書ききれるのか?
時は冷酷に、忠実に刻まれていく。
周囲をちらりと見れば、部屋に残っているのは私と、後方の席に坊主頭の若い男性1名だけだった。
視線を腕時計に移すと、16時。
写経の会は14時からだったので、30分間の説法や写経勤行儀を考えれば、1時間半弱、写経に勤しんでいたことになる。
17行中、15行目冒頭に差し掛かっていた。
あと2行か・・・。
職員の中年女性が、既にお帰りになった方々の席を片付けている。
先ほどまでは、周囲の皆さんの「書き終えた音」「席を立ち、帰る音」に心苦しさを感じていたが、今は、職員さんの「書道用具お片付け音」が辛い。
50人ほどの座席をたった1人で片づけているのだから、ある程度の時間は稼げそうではある。
しかし、私は察した。
彼女からは無言の圧力が放たれている。
同じ女性同士だからわかる・・・奥義「オーラアタック」を発動しているッ!
<説明しよう!>
オーラアタックとは、黙しているくせに相手の行動に一定の期待を寄せ、相手が期待通りの行動を起こさないと怒りゲージがたまってしまう、怖い技だ!
怒りゲージがどのくらいたまっているかは、モノを置くときとか、ドアを閉めるときとかの音に耳をすませればわかるぞ!
大きな音でバタンッ!とドアを閉めるようになっていたら、もう怒りゲージは満タンだ!気を付けろ!開口一番怒鳴ってくる可能性があるぞ!
怒鳴られたら最後、まったく関係ない日頃の行いにまで言及され、その日1日ブルーになってしまうのだ!
■オーラアタックのゲージを溜めてはならない
私の勘違いでなければ、オバチャンからは「早よ帰れ!」のオーラが発されている。
あと2行。
本当は書ききって、願い事を書いて、名前と住所を書いて、お寺に奉納したい。
しかしこの2行、私のペースでは20分くらい要するのではないか。
20分もあれば、オバチャンのゲージは確実に溜まっていく。
今は黙ってくれているが、たぶん、最終的には怒られる。
ただでさえ写経を通じて心の平穏が手に入れられずショックだったのに、怒られて帰るなんて最悪だ。避けたい。
・・・いや、私の勘違いの可能性もある。
ここはひとつ、試そうではないか。
「あの、すみません・・・このお部屋はいつまで使わせていただけますか?」
この問いに対し、「いいのよ、ゆっくり書いて」型の返事であれば、私は勘違いをしていたことになる。
申し訳ない。観音様に謝ってから帰ろう。
「実はねェ、4時までなんですよねェ~」
こちらをチラとも見ず、作業の手を休めることなく上記回答。
これは・・・私のシックス・センスの勝利と見た。
勝利であるが、それはすなわち、彼女を怒らせないためには帰らなければならないことになる。
「そうですか、アレッ!もう4時過ぎてるのか。長居しちゃってすみません」
既に1度見た腕時計をまた見てみたりして、我ながら下手な芝居である。
「続きは家で書くことにします。
初めてだったもんで、要領もつかめませんで・・・」
「ええ、ええ、そうですよ!
初めてでこの短時間で書ききるなんて、無理ですよ、そんな!」
相変わらず、作業の手を止めることなくせかせかと返答するオバチャン。
どうにも、言動の背後にある「早よ帰れ!」のメッセージが見えてしまう。
致し方ない、帰ろう。
せっかくなので、書き途中の写経用紙とお手本、一式すべて持ち帰ることにした。
写経会は不定期に催しているようなので、再訪してそのときに納めることにすればいい。
もう1人の残されていた男性も、我々のやり取りを聞いてか、帰り支度を始めていた。
納める紙はないものの、観音様に手を合わせ、「いいことありますように」とライトな願いを胸に、部屋を出た。
まさかデビュー戦が道半ばの写経になるとは、実に無念である。
なんだか名残惜しくて、廊下から大広間のほうを振り返ると、「写経会はこちら」と毛筆で書かれた看板が立っていた。
大変頼りなく、お世辞にも美しいとは言えない字であった。
(・・・次は、やっぱりスピード優先で臨もう)
決意を胸に、境内の清々しい5月の夕空のもとに飛び出す。
まだ湿気も薄い、心地よい晴天。
日が伸びるというのは、いいなあ。
これを感じられただけで、十分「いいこと」がいただけたように思う。
■写経レビュー
だらだらと3回に分けてお届けした写経体験であるが、改めて自宅で半紙を広げて振り返ってみた。
①久々の「毛筆」に心狂わされた1行目。ラスト3文字で早くも飽きる
②私と同じく写経デビュー戦であった隣席の青年が意外にもスピーディーな進行で、焦った
③いや、私は私、と思い直してがんばるも、やっぱり焦ってボロボロ
④「焦っているのは、自我を捨てきれていないから」と悟り、マイペースを掴みなおす。このあたりが最も“ゾーン”に入っていた
⑤オバチャンが発するオーラに勘付いたものの、気づかないふりをして書き続けた
⑥が、だんだんオーラが怖くなり、焦り、道半ばで帰ることを決意した
たった15行の中に、ドラマがある。
いい体験をさせていただいたなァ、としみじみするとともに、次回こそは書ききって奉納するのだ、と改めて心に誓った次第である。