九州から客人が来ることになり、手土産をさがすことになった。
せっかくなら、東京でしか手に入らないものを贈りたい。そこで思いついたのは、銀座のかりんとうの老舗「たちばな」のことだった。黒と朱色のきれいな缶に入ったかりんとう、食べ終えてからも楽しめる。なにより、お取り寄せすることができないというのがいい。
…というのは全部、松浦弥太郎さんの著書「くいしんぼう」からの情報。銀座OLをはじめて3年は経つが、いまだ「たちばな」に立ち寄ったことは一度もなかった。
「銀座の老舗でお買い物」というイニシエーション
有名人にはオーラがあると言うけれど、お店もそうなんだと思う。こじんまりとした店構えに、かすれた文字で書かれた、営業時間を記す看板。そっけないディスプレイ。お子様気分の抜けない私には、敷居の高いお店だった。
お店の前にできた小さな待機列の最後尾に並び、自分の番が近づくたびにどきどき。しばし待って入ることができたお店はとても小さく、商品を物色するようなスペースすらなかった。
それもそのはず、2種類のかりんとうしか取り扱っていないのだ。太くぽてっとした「ころ」と、細身の「さえだ」。どちらにするか、いくつにするか、袋詰めか缶詰めか、くらいしか選択肢がない。
オレンジ色の灯りに薄明るく照らされた空間にBGMはなく、お店の方が包装済みの商品を紙袋に詰める、カサカサという音がほんのり響く。明るすぎるお店、うるさすぎるお店に慣れているせいか、ぐっと緊張が高まる。静寂は緊張を思い出させる装置だ。
メニューもない店頭で、「いらっしゃいませ」とひと言発したきりのお店の方と対峙することになった。空気に飲まれ、頭が真っ白。懸命に書籍「くいしんぼう」に掲載されていた写真を思い出しながら
「丸缶の、小さいのの、太いのと細いの3つずつください」
と言うのがやっとだった。オーダーはしっかりと通じたようで、カウンターにどすんと、包装済のかりんとうが置かれていく。きれいな、やさしいクリーム色の包装紙には、橘の花が描かれていた。片方には小豆色の紐、もう片方には抹茶色の紐。おそらく、この色で「ころ」と「さえだ」を見分けているのだ。教えてもらえばいいのに、緊張してお会計で精いっぱい。
小さな丸缶は、ひとつ1200円。すなわち6つなら8400円だ。予め用意できていなかった自分のドン臭さが嫌になる。一見さんオーラ、丸出しだ。価格を言われる前にスッと出したかったのに!
買い物はあっという間に終了。緊張から逃れたくて、そそくさと店を出た。安堵とともに、両の手に提げた合計6缶のかりんとうが入った紙袋の重みをやっと実感した。ほんのり、ずっしり。ただお買い物をしただけなのだけど、お店に入る前よりも、少し誇らしい気分になっていた。
過剰な「おもてなし」とは対照的な、無駄が削ぎ落とされた無音の店内だった。購入の仕方も「知っていて当たり前」と言わんばかりだった。インターネットでお作法を調べてから行けば、空気に飲まれて慌てふためくことはなかっただろう。でも、そうじゃなかったからよかった、と思うのだ。何も知らずに行って、緊張したからこそよかった。どきどきしたから、お店を出たときのかりんとうの重みがうれしかったし、誇らしかった。ちょっと大人になったような気がした。
開けて、食べて、大満足…贈り物は自分のためのものでもある
大切な贈り物は、「有名だから」「老舗だから」だけではなく「大好きなものだから」と言いながら渡したい。なので自分用にもかりんとうを買った。
包装紙、箱、缶の朱色、全てが凛としていた。
こだわりの材料や製法が書かれたリーフレットの一葉でも入っているのかと思いきや、何もない。とことんシンプル。凛とした雰囲気に包まれていたかりんとうは、一転、甘くてやさしい味がした。おいしい。大好きだ。
贈り物は相手に喜んでもらうためのもの。でも、贈る自分のためのものでもある。この贈り物を選べたこと、買えたこと、おいしさを分かち合えることが幸せだ。
早く客人たちが来るといいと思った。早く渡したくてワクワクする。
おすすめの手土産の情報なんて、TVで、本で、インターネットで、すぐに仕入れることができる。でも、そこに「自分の選択眼」を添えたいじゃないか。情報を頼りにすることはあっても、それだけに縋りたくはない。自分の五感で「よい」と思ったもの、贈る自分のことを好きになれるものを贈りたいのだ。
お店情報
- 店舗名:たちばな
- 住所:東京都中央区銀座8-7-19 江安ビル 1F(銀座線・新橋駅から約5分)
- 電話番号:03-3571-5661
- 営業時間:[月~金] 11:00~19:00/[土] 11:00~17:00(日祝定休)
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