2020年11月からはじめた「週1昼スナック」。
2021年7月末をもって営業終了しました。
※関連過去記事→11月13日(金)から「昼スナック」をはじめます!
終了したのはあくまでも私が担当していた金曜の午後だけで、他の曜日、時間は引き続き、個性的なママさん、マスターさんがカウンターに立っていらっしゃいます。
「スナックひきだし」で検索してみてください。
週1の頻度ではありましたが、昼スナックは約7ヶ月(コロナ対策で2ヶ月休みました)続きました。
1年も続かないんかい! とツッコミを入れたくもなりますが、半年以上続いたなんて私のなかでは久々です。
(昨年、演芸関連の世界に足を踏み入れたものの3ヶ月で辞めてしまったので……)
あたたかいお客さまのご来店、そしてママさんマスターさんたちの応援があったからこそ続けられました。本当にありがたい!
それでも辞めることに至った理由は「不安に負けたから」に尽きます……。
- スナックママを辞めた理由1「妊娠して疲れやすくなった」
- スナックママを辞めた理由2「コロナ問題への向き合い方が難しかった」
- スナックママを辞めた理由3「コロナ下での宣伝活動に挫折した」
- スナックママを辞めた理由4「ご恩に報いることができない不甲斐なさ」
- スナックママを辞めた理由5「きっとお客さまはいらっしゃらないだろう」
- スナックママを辞めた理由6「自分には惹きがない」
- やってみてわかる「半径5mの世界は実は偉人であふれている」
スナックママを辞めた理由1「妊娠して疲れやすくなった」
わかりやすいのは「妊娠の不安」です。
※関連過去記事→妊娠初期まっさかり!見た目は不変、中身は激変な今こそ気軽に公表できるようになるといいな
つわりの落ち着きも早く、元来の健康体質もあってすこぶる元気に過ごせているのですが、高齢妊婦ゆえでしょうか、とんでもなく疲れやすくなりました。
たかだか3時間ちょいの営業時間にもかかわらず、ずっと立っているのがしんどい! なにより、お店への行き帰りが辛くなりました。
お店から帰ってくると、たいした仕事もしていないのにぐったり横になる始末……。
8月9月の猛暑を乗り越えられるか不安になり、「スナックママを楽しむ」気持ちが薄れてしまいました。
中の人がぐったりしている店に行きたくなるかい? 否!
スナックママを辞めた理由2「コロナ問題への向き合い方が難しかった」
そして「コロナ問題への不安」との向き合い方にも、自分なりの軸を設けることができませんでした。
1年足らずの間に、営業状況は激変しました。
営業時間の短縮にとどまらず、お酒の提供までNGになったのはみなさんもご存知のとおりです。
抜き打ちの見回り隊員さんが来店したこともありました。
コロナに対する私の本音は「ぼんやりと怖い」くらいのもので、それほど神経質にはなっていませんでしたが、都外のお客さまや65歳以上の方をお誘いすることはためわれました。
スナックママを辞めた理由3「コロナ下での宣伝活動に挫折した」
派生して、「宣伝活動の不安」にも負けました。
スナックだけでなく、これまでに出した電子書籍やオフ会などでの宣伝もそうでしたが、自分のSNSアカウントやブログ記事に「来てね!」「買ってね!」と投稿するだけでは、たいして効果がありません。
過去に某企業で広報をしていたこともありますが、そのときとまったく同じだと感じました。
プレスリリースを一斉にまくだけでは、記事量産型のWebメディアが記事にしてくださるのが関の山。それすらないこともよくあります。
スナックの宣伝にせよ、企業広報にせよ、結局のところ効果を発揮するのはピンポイントでのダイレクトアタックです。
コロナ下での昼スナック宣伝、主たる方法は「ダイレクトメッセージの送付」でした。
私にとってこれはとても、とても、とても、気を遣うことで、1通送るだけで全身から力が抜けるほど。
理由は単純で、「私自身が、DMをもらうのが苦手だから」です。
特にFacebookアカウントをお持ちの方は経験があるのではないかと思いますが、お知り合いから各種のイベントやお店、サービスの売り込みメッセージをもらったことはないでしょうか。
明らかな一斉送付DMはスルーしてしまうことも多いのですが、しっかり「やままさん、こんにちは」といった出だしでご案内をいただくこともしばしばです。
しかしその下に続くボリュームのある「ご案内文」は、コピペだと推測されることも多くあります。
ネガティブな私は、「これは私のことを思い浮かべながら寄せられたメッセージではない……」と決めつけがち……。
実際は、私にぴったりなイベントだと思ってご案内をくださっているのかもしれないのに、なんだか「釣り人に餌を撒かれている魚」になったような、卑屈な気持ちになってしまうのです。
ああ~どうしてこんな思考回路なんだ!!すみません!!!
ただしこれはあくまでも、「私の話」だということも覚えておかねばなりません。
というのも、知人とのあいだで「イベント等のお誘いDMをもらったときにどう感じるか?」という話になった際、
「とくになんとも思わない。気になるイベントだったら行くし、そうじゃなければ適当に返事するだけ。選択肢が増えるぶんにはいいんじゃない?」
という意見をもらったから。
そういう捉え方もあるのか! と目からウロコが落ちたのをよく覚えています。
スナックのとあるママさんは
「連絡をすると、単純に”連絡がきてうれしい!”っていうお客さんはたくさんいるよ~」
とお話しされていました。
私のネガティブな考えがすべてではない!
そしてマンツーマンコミュニケーションは成果につながる!
そう自分に言い聞かせて一念発起し、アタックリストをつくり、DMを送らせていただいた日々もありました。
その結果、ご来店くださった方もいらっしゃいます。
やっぱり「実績アリ」のPR方法なんです!!
その成果をもってしても、
「私にとって、私の方をちゃんと見てくれていないDMはあんまり気分のいいものではない」
という自分の感覚、不安を拭い去ることはできませんでした。
そんな私が無い知恵をしぼりながら書いたのは、
「こういうお客さんが来てくれる予定で、あなたはその方のお仕事などに関心があるのではないかと思って、お誘いしました」
といった文脈のDM。
つまり「私なりに考えた、相手にとってのメリット」がハッキリした状態のときだけ、DMを送るようにしました。
そして、コピペは日時場所など最小限レベルで。
私自身ががそのDMをもらってもネガティブな気持ちにならない、そんな内容を意識しました。
ただ、そうしたDMは文面を考えることも、メリットづくり(企画)も、頭を使います。
そもそも量産できないというのに、どんどん息切れしてしまい、今年に入ってからはほとんどDM宣伝を行わなくなってしまいました。
スナックママを辞めた理由4「ご恩に報いることができない不甲斐なさ」
こんな大変なご時世に足を運んでいただくというのは、本当にありがたいことです。
だからこそ、私もなにかお客さまの力になれないかと考えます。
もしお客さまがお店を出されているなら私もお客さんとしてお邪魔したいし、
ご著書があるなら拝読したいし、
イベントを開催されるなら伺いたいし、
サービスを提供しているなら利用したい。
それができないまでも、お客さまが発信されている情報をシェアするくらいのことはしたい!
最初のうちはそんなポジティブな気持ちでいっぱいでした。
ただ、お金の不安がつのるたび
(私のくせで、気分が落ちると「私にはお金がない」という不安に駆られる傾向があります。心療内科通院中。コロナのムードも多少は影響しているようです)
「◯◯さんがお店に来てくださったのだから、先方のサービスも利用せ”ねば”ならない! なのにいまはお金の余裕がなくて利用できない! どうしよう!! 私は恩知らずだ!!!」
という不安、やらねばならないことをできていない情けなさで(ひとりで勝手に)辛くなってしまいました。
一過性のものとわかっていてもうまく対処できず、お客さまにいらしていただきたいのか、いらしていただきたくないのか……どちらともつかない変な心境になる日もありました。
いずれにしても、このマインドは「ママ」には適していない。それだけはわかりました。
スナックママを辞めた理由5「きっとお客さまはいらっしゃらないだろう」
宣伝活動をしていないことは自分がいちばんわかっています。
「お酒の提供NG」にまでなったコロナの情勢もあいまって、客足は遠のくようになりました。
気づけば毎週、
「おひとりでもお客さまがいらしたら、いいほうだよな……赤字だな……」
という不安に飲まれるようになっていました。
毎週水曜日くらいになると、だんだん憂鬱になってくるのです。
場のホストが楽しそうにしていない場所に、人が集まるはずがないというのに!!!
実際、お客さまが0~1名の日が増えました。その事実を目の当たりにするとまた不安になる。負のスパイラルそのものでした。
スナックママを辞めた理由6「自分には惹きがない」
負のスパイラルは、かねてから不安に思っていたことも掘り返してくれました。
「自分自身の存在価値」問題です。
私はこれまで「新米スナックママの成長記録」と題して、スナック営業の感想や学んだことなどを記事にしています。
改めて読み返すと、
「私のようなただの専業主婦に、チャージ料(2,000円)をいただく価値はあるんだろうか」
という悩みごとがくりかえし書き記されていました。
これまで出会ってきたスナックママさん、マスターさんを思い返すと、経験豊富なベテランさんだったり、スナックの傍らで個性的なお仕事に取り組まれていたり、実は専門職の方だったり、資格を持っていらっしゃったり。
とにかく「肩書き」に困らない、「◯◯なママ、マスター」と紹介できる方ばかりだったからです。
私はといえば、からっぽ……。
もちろん前述の企業広報含め、いままでやってきたことはいろいろあります。
でも全部、嫌になって辞めてしまいました。
だからそのときの肩書きはウリにできません。「ウリにしたくない」という表現のほうが正しいかもしれませんが。
ブログで文章は書いているけれど、お仕事として書くのは苦手だから「ライター」とも言えない。
「ブロガー」と名乗るには、PVも稼ぎも知名度も乏しすぎる。
「よっぽどの美人だったり、話が面白かったり、おいしいものでも振る舞ってくれたりしない限り、わざわざ専業主婦のやままママのお店には行かないかな……。」
これが「私がお客さんだったら」を想像したときの感想です。
ただ、さきほどの宣伝の話と同様に、どこに価値を置くかなんて人それぞれですよね。
私ひとりの視点で勝手に絶望してはいけない!
そう自分に檄を飛ばし、
「私自身がどう思うかはさておき、来店してくださる方はなんらかの価値を感じて足を運んでくださっている!
へりくだることなく、いつもの自分のまま、一緒に楽しく過ごせばいいんだ!」
この心持ちでがんばっていました。
……だけどやっぱり、その気持ちははりぼてだったんです。
DM宣伝に苦労したときと通じます。
つまり私にとって、「自分はこう思う」に沿っていない言動をとることは、とても居心地の悪いことだったのです。がまんができないほどに。
36歳にして自分の「昭和のがんこ親父」みたいな習性を初めて自覚できました。
やってみてわかる「半径5mの世界は実は偉人であふれている」
こうして私は
- 妊娠による体調の不安
- コロナの状況への不安
- 宣伝活動の不安
- お客さまのご恩に報いることができない不安
- 閑古鳥が鳴くことへの不安
- 自らの存在価値への不安
などに負け、暖簾を下ろすことに決めました。
なんの悔いもなく、「いまの私には難度の高いことだったのだ」と納得できています。
最後まで後ろ髪を引かれたのは「スナックママ」というキャッチーな肩書きを失うことくらいでしょうか(あいかわらず肩書き餓鬼)。
やってみたからこそ、気持ちよく辞められます。
「やりたいことをやってみる」というのは、とっても大事なこと。
やりたいならやってみるべし、が持論です。
だって、それがなんであれ、やってみないと実態も相性もわかりません。
働きもせず面接とテストだけで社員を採用するなんて、本当はどうかしてますよ(笑)。
私の社会人になってからの「やってみた歴」を振り返ってみれば、
コピーライターに憧れて入り込んだ広告業界の仕事も、
乙部綾子サイコー!と思って手にした広報の仕事も、
頭のいい人たちが集う少数精鋭ベンチャー企業の仕事も、
芸能プロダクションのオーディションも、
エッセイストの肩書きをつくろうと発売した電子書籍も、
舞台に立ってみたくて突撃した演芸関連の世界も、
みんなに愛されるスナックママも、
やってみたからこそ、憧れの気持ちにちゃんと区切りをつけて諦められました。
長居したところもあれば、2ヶ月程度で失礼してしまったところもあります。
いずれにしても、辞めるときには「受け入れてくださった方」「応援してくださった方」に申し訳なくて、いたたまれない気持ちになりました。
ご迷惑もかけてきました。ごめんなさい!
ただ、人生は一度きり。
ここぞというところでわがままを言わなきゃ、あっという間に歳をとってポックリ……とも思うのです。
「私はなんてダメ人間なんだ!」「私なんて価値がない!」としょっちゅう悩むくせに、「ああやりきった!」と思って死ぬためなら、厚かましい人間になれてしまう私がいます。
自分でも矛盾していると感じるのですが、「根っこはポジティブで図太い」ということなんだと思うようにします。無駄に長生きしそうだな……。
メンタリティは人それぞれであるものの、「やりたいならやってみるべし」と、自分にもみなさんにも、これからも言い続けるつもりです。
私自身が「巻き込まれる側」に立つときも、このことを忘れないようにしないとですね。
最後になりましたが改めて、スナックママ、楽しかったです!
夢を叶える機会をいただけたこと、オーナー、ママ&マスター仲間、お客さまには本当に感謝しています。
ブログやSNSを通じて応援してくださったみなさまも、ありがとうございました!
スナックという「場」があったからこそ、SNS友だちと対面できたり、ご無沙汰してしまっていた上司と会えたり、学生時代ぶりの再会が果たせたり、いろんな奇跡に遭遇しました。
それもこれも、「場」が魅力的であるかどうか次第。
スナックに限らず、人が集まる場をつくっている方のすごさを痛感しています。このコロナ禍では、特に!
いろんなことを諦めてきたと書きましたが、諦めるたびこうやって、「身近だと思っていたあの人も、この人も、みんな偉人だったのだ!」と思い知るのです。
私自身のことも、自分でそう思ってあげられる日がくるといいなあ。
そのためにも、また「やりたいこと」を探すアンテナを立ててみたいと思います。
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」